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短報

 

呼吸器感染症からのヒトメタニューモウイルスの検出

渡邉寿美,齋藤隆行

 

Detection of human metapneumovirus from respiratory tract infection

Sumi WATANABE and Takayuki SAITO

 

神奈川県衛生研究所 微生物部

253-0087 茅ヶ崎市下町屋1-3-1


はじめに

呼吸器感染症の原因ウイルスとして,インフルエンザウイルス,アデノウイルス,コロナウイルス,パラインフルエンザウイルス,RSウイルス(respiratory syncytial virus:RSV)などが検出されてくるが,原因不明とされる症例も少なくなかった.しかし,21世紀に入ってからヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus:hMPV),SARSコロナウイルスなどが呼吸器感染症の原因ウイルスとして新たに発見され,研究が進められている.hMPVは,パラミクソウイルス科,ニューモウイルス亜科,メタニューモウイルス属に分類され,同じパラミクソウイルス科のパラインフルエンザウイルスやRSウイルスとは近縁である.平成13年にオランダの研究グループ1)により小児の呼吸器感染症患者の鼻咽頭から分離されたウイルスで,SARS流行時には一時期病原体として疑われたこともある.国内においても,平成15年以降,hMPVの分離報告あるいは疫学調査報告2-4)がなされており,呼吸器感染症の原因の一部がhMPVであることが証明されている.そこで,本県におけるhMPVの侵淫状況を明らかにする目的で,呼吸器感染症患者検体についてhMPV検出を試みたので報告する.

材料と方法

1.検査材料

 平成14年度〜19年度(平成14年4月〜20年3月)の6年間に感染症発生動向調査の病原体定点から提供されたインフルエンザ等の呼吸器感染症患者検体(鼻咽頭拭い液)のうち,原因ウイルスが特定できなかった261検体を用いた.

2.検出方法

 患者検体からQIAamp Viral RNA mini kit(QIAGEN)を用いてRNAを抽出した.抽出RNAは,Oligo(dt)12-18PRIMER (Invitrogen)およびSuper ScriptURT(Invitrogen)を用いて逆転写反応を行い,cDNAを作製した.TaqポリメラーゼはTaKaRa EX Taq(TaKaRa)を使用した.検出対象遺伝子領域およびプライマーは表1のとおりとし,PCR条件は各プライマーの引用文献3,4)に従った.2ndPCR後のPCR産物サイズは,F(fusion)蛋白遺伝子357bp,N(nucleocapsid)蛋白遺伝子271bpである.PCR産物を2%アガロースゲルで電気泳動し,エチヂウムブロマイドで染色した後,紫外線を照射して特異バンドを確認した.また,PCRの陽性コントロールとして広島県立総合技術研究所保健環境センターから分与を受けた臨床検体を用いて,各プライマーの検出限界を比較した.

ウイルス分離は,LLC-MK2細胞およびVeroE6細胞を用い,1週間を1単位として2回継代し,計3週間の培養を行った.

結果および考察

261検体について遺伝子検出を行った結果,5検体(1.9%)からhMPVのF蛋白遺伝子を検出したが,そのうちN蛋白遺伝子も検出できたのは2例のみで,残りの3例は検出できなかった.LLC-MK2細胞およびVeroE6細胞からhMPVは分離されなかった(表2).

各症例は,検体採取時期が異なっていることから散発症例と思われる.臨床診断名がインフルエンザであったことからわかるように臨床症状もインフルエンザと似ており,全症例が38℃以上の発熱および上気道炎あるいは下気道炎の呼吸器症状を呈していた(表3).これまでに報告されているhMPV感染症の臨床像は,主として乳幼児の呼吸器感染症であり,多くは1週間程度で症状が改善される.RSV感染症の場合と同様に,再感染を繰り返すうちに次第に軽症化していき,成人では上気道感染症程度ですむようになると考えられている.しかし,乳幼児あるいは高齢者では,肺炎等の重篤な下気道感染症を引き起こす場合もあり5),さらに,乳幼児では急性脳症の報告6,7)もある.今回,下気道炎を呈した患者は症例1および2の乳幼児であり,一般的にいわれているhMPVの臨床像に合致していた.また,症例5のように,成人においてもhMPV感染により上気道感染症を引き起こすことを確認できた.なお,陽性症例数が少ないため,患者発生時期についての傾向を把握することはできなかった.

今回,hMPVRT-PCR陽性率は1.9%であったが,高尾ら3)の報告による陽性率は20.4%である.この陽性率の差は,調査対象の違いに起因すると考えられる.一つ目は,臨床診断名である.我々の調査対象は,インフルエンザ(インフルエンザ様疾患を含む)と診断された患者が主であったが,高尾らの場合,急性呼吸器感染症と診断された患者を対象としており,hMPV陽性患者の診断名は,急性気管支炎が最も多く,次いで急性肺炎,急性上気道炎の順となっている.二つ目は,対象年齢である.我々は,年齢制限を設けずに小児科定点およびインフルエンザ定点の両方から提供された検体を対象にしたが,高尾らは小児のみである.三つ目は,検体採取時期である.我々の場合,インフルエンザあるいはインフルエンザ様と診断された患者検体を用いたため,各年度ともに12月〜3月に採取された検体が多かった.高尾らは単年で調査(平成15年1月〜8月)しており,陽性者は3月〜7月に確認された.こうした条件の違いが,陽性率に影響しているものと考える.

臨床検体からの病原体検出では,検出効率が問題となる.インフルエンザウイルスやアデノウイルスなど比較的培養が容易なウイルスの場合は,細胞培養が標準的な病原体検索方法となる.しかし,hMPVの場合は,LLC-MK2細胞での細胞変性効果(CPE)がわかり難く,臨床検体からの分離には2〜3週間かかることもまれではないといわれている5).VeroE6細胞の方がLLC-MK2細胞より分離効率が良いとの報告8)もあるが,現在のところ,RT-PCR法による遺伝子検出が最も鋭敏な検出方法である.インフルエンザウイルスの場合,nested-PCR法を用いると臨床検体からの検出効率が向上したため,今回もnested-PCR 法を採用することにした.そこで,nested-PCR 法での検出報告3,4)のあるF蛋白遺伝子およびN蛋白遺伝子を 検出対象に選んだ.また,各プライマーの検出限界を陽性コントロールで比較したところ,F蛋白遺伝子検出系の方が,N蛋白遺伝子検出系よりも10〜1000倍程度感度が良いことがわかった(表4).臨床検体でF蛋白遺伝子検出,N蛋白遺伝子不検出が3症例あったが,プライマーの検出感度の差が影響していると考えられ,今後のスクリーニングには,F蛋白遺伝子検出系を用いるのが良いと考える.

平成18年3月〜4月にかけて福岡県の高齢者福祉施設におけるhMPVの集団感染事例が報告されている9).この事例の場合,RSVによる呼吸器感染症が疑われたが,その後の調査(遺伝子検出)でhMPV感染が明らかになった.高齢者の場合も,乳幼児と同様にRSVやhMPVを視野に入れた検査を行う必要があると思われる.

当所では,インフルエンザに代表されるウイルス性呼吸器感染症の日常的病原検索に,インフルエンザ,パラインフルエンザ,RS各ウイルスの遺伝子検出を実施している.今回の調査で,通常の感染症発生動向調査の検体からhMPVが検出されたことから,今後は,hMPVも日常的病原体検索に導入していきたいと考えている.

最後に,RT-PCR検出用の陽性検体を分与していただくとともに貴重なご助言をいただきました広島県立総合技術研究所保健環境センターの高尾信一先生に深謝いたします.

(平成20年7月28日受理)

文献

1)van den Hoogen,B.G.,de Jong,J.C.,Groen,J.,Kuiken,T.,de Groot,R.,Fouchier R.A.M. et al.:A newly discovered human pneumovirus isolated from young children with respiratory tract disease,Nat.Med. ,7,719-724(2001)

2) 後藤郁男,山木紀彦,植木洋,佐藤千鶴子,渡邊節,秋山和夫ほか:インフルエンザ様患者からのhuman metapneumovirusの分離-宮城県,病原微生物検出情報,24,64-65(2003)

3)高尾信一,下薗広行,柏弘,松原啓太,坂野堯,池田政憲ほか:本邦において初めて流行が確認された小児のhuman metapneumovirus感染症の臨床的,疫学的解析,感染症学雑誌,78,129-137(2004)

4)鈴木陽,渡邊王志,西村秀一:喘鳴をきたした小児からのhuman metapnueumovirusの検出,感染症学雑誌,77,467-468(2003)

5)菊地英明:ヒト・メタニューモウイルス,ウイルス,56,173-182(2006)

6)津田雅世,石川順一,吉本昭,外川正生,塩見正司,改田厚ほか:Human metapneumovirus感染に伴ったけいれん重責型急性脳症の1例,病原微生物検出情報,26,153(2005)

7)清澤秀輔,小山典久,泰眞美,伊藤雅,長谷川晶子,山下照夫ほか:ヒトメタニューモウイルスが検出された急性脳症死亡例,病原微生物検出情報,27,318-319(2006)

8) Abiko, C., Mizuta,K., Itagaki,T., Katsushima, N., Ito,S., Matsuzaki,Y. et al.:Outbreak of human metapneumovirus detected by use of the Vero E6 cell line in isolates collected in Yamagata,Japan,in 2004 and 2005,J.Clin.Microbiol.,45,1912-1919(2007)

9)白石博昭,豊村研吾,平泰子,宮川春美,三浦久吉,田中浩二ほか:高齢者福祉施設におけるヒト・メタニューモウイルス集団感染事例-福岡県,病原微生物検出情報,27,178-179(2006)