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神奈川県衛生研究所研究報告 No.352005

Bu11. Kanagawa Ins. of  P. H.

 

短報

 

高速液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析法を用いた食品中の

アフラトキシン類の分析

 

甲斐茂美,赤星 猛,岸美智子

 

Analysis of Aflatoxins in Foods Using Liquid Chromatography / Tandem Mass Spectrometry

 

Shigemi KAI,Takeshi AKABOSHI

and Michiko KISHI

 

はじめに

カビが産生する自然毒であるアフラトキシンは発ガン性を有する毒素であり,B1,B2,G1,G2などをはじめとして十数種類の類縁体が知られている(図1).アフラトキシン産生カビであるAspergillus属は香辛料,穀物等に発生することから,ナツメグ,コショウなどの香辛料及びピーナッツなどの豆類,とうもろこし,そば粉などの穀類やこれらの加工品などの汚染が懸念されている.アフラトキシン類は70カ国以上の国で食品及び飼料に対し規制値が設定されている1).日本では最も毒性の強いアフラトキシンB1を対象に,暫定的規制値が食品中濃度として10ppbと設定されているが,アフラトキシンB群とG群の合計量で規制を設定している国もある.

我が国におけるアフラトキシン分析法は,平成14年に示された通知法2)に,アセトニトリル抽出し,多機能ミニカラムによるクリーンアップ後,蛍光誘導体化し蛍光検出器付HPLCにより測定,LC/MSで確認する機器分析法が採用された.当所では15年度より機器分析によるアフラトキシンB1,B2,G1,G2の検査を実施している.しかし,通知法に示された多機能ミニカラムによる精製では,ホワイトペッパーやブラックペッパー等の香辛料中の夾雑物質を除去することができず,これらがHPLC分析の妨害となる場合があった.また,シングルモードのLC/MSによる測定では,アフラトキシン類は測定条件を変化させても,[M+Hの擬分子イオンとNaや溶媒付加イオンしか生成せず,構造情報を反映するようなフラグメントイオンは観察されないため,食品由来の妨害物質との判別が困難であり,確認法として用いるには不十分であった.

近年,LC/MSよりもさらに高感度分析が可能な高速液体クロマトグラフ/タンデム質量分析装置(LC/MS/MS)が開発された.LC/MS/MSのうち,イオントラップ機能を有する装置では,一段目の四重極で選択したプリカーサーイオンのみを通し,次のコリジョンセルでの衝突開裂により生じたフラグメントイオンを二段目の四重極でトラップしScanモードで検出する高感度プロダクトイオンスキャン(EPI)や,コリジョンセルで生成したフラグメントイオンのうち特異的なプロダクトイオンのみを二段目の四重極でモニターする,タンデム質量分析計に特有の測定モードであるマルチプルリアクションモニタリング(MRM)などの分析が可能であり,高感度測定と構造解析能を合わせ持つことから,測定目的物質に対する高い選択性を期待することができる.

そこで著者らは,これらの分析方法について比較し,より定性能力の高いイオントラップLC/MS/MSを用いたアフラトキシン類の確認法について検討した.

 

 

 

 

 

 

 

   アフラトキシンB1     アフラトキシンB2

    M.W.312.06       M.W.314.08

 

 

 

      

 

 

   アフラトキシンG1     アフラトキシンG2

    M.W.328.06       M.W.330.07  

 

図1アフラトキシン類4種の構造式

 

実験方法

1.試料及び試薬

試料は平成15〜16年度に神奈川県内で販売されていた輸入豆類,穀類及び香辛料を分析対象とした.豆類及び穀類は殻を除いてフードプロセッサーで粉砕混合したものを用いた.香辛料及び粉末状の穀類については粉末状に加工されたものをそのまま用いた.

標準原液はSigma社製混合アフラトキシンキット(1バイアル中B1,G1:1μg/mL,B2,G2:0.3μg/mL含有する,メタノール溶液)を用いた.標準原液を移動相で段階的に希釈し各濃度の標準溶液とした.多機能ミニカラムはRomer Labs社製MultiSep#228を用いた.アセトニトリル,メタノールは和光純薬工業(株)製残留農薬分析用及びLC/MS用を用い,トリフルオロ酢酸,酢酸アンモニウムは和光純薬工業(株)製特級を用いた.水はMillipore社製MILLI-Qにより精製して用いた.

2.装置及び分析条件

蛍光検出器付HPLCはAgilent社製1100シリーズを用いた.カラムにGLサイエンス(株)製Inertsil ODS-3(4.6mmi.d.×150 mm,5μm)を用いたときは移動相をアセトニトリル-メタノール-水(1:3:6),和光純薬工業(株)製ワコーパックFluofix 120E (4.6mmi.d.×250 mm,5μm)を用いたときは移動相をメタノール-水(7:3)とし,カラム温度40,流速1.0mL /min,注入量20μL,励起波長365nm,蛍光波長450nmで分析した.LC/MSはAgilent社製LC/MSD1100シリーズSLを用い,イオンソースはエレクトロイオンスプレー(ESI)を使用した.イオン化モードはポジティブ,フラグメンター電圧110V,ガス温度350,乾燥ガス流量10.0L/min,ネブライザーガス圧40psi,V Cap3000Vとした.選択イオンモード(SIM)で測定し,選択イオンはアフラトキシンB1;m/z 313,アフラトキシンB2;m/z 315,アフラトキシンG12;m/z 329,アフラトキシンG2;m/z 331で測定した.LC/MS/MSはApplied Biosystems社製QtrapTM LC/MS/MSを用い,イオンソースはESIを使用した.イオン化モードはポジティブ,イオンスプレー電圧5.5kV,イオン源温度450,ネブライザーガス流量はEPIのとき50psi,MRMのとき70psiで測定した.その他のLC/MS/MSの装置条件は表1に示した.LC/MS及びLC/MS/MS分析時のカラムは昭和電工社製ShodexSilica C18M 2D(2.1mmi.d.×150mm,5μm)を用い,カラム温度40,移動相はアセトニトリル-メタノール-10mM酢酸アンモニウム(9:26:65)を流速0.2mL /minで送液し,注入量10μLで分析した.

3.試験溶液の調製

試験溶液の調製法は通知法に準じて行った.粉砕均一化された試料の5gを共栓付遠沈管に量り採り,アセトニトリル-水(9:1)を豆類,穀類では10mL,香辛料では40mLを正確に加えて振とう機を用いて30分間激しく振とうして抽出した.これを毎分3000回転で10分間遠心分離し,上澄液を抽出液とした.この5mLを多機能ミニカラムに通過させ,初流通過液を採取した.蛍光検出器付

 

表1アフラトキシン類のLC/MS/MSにおける測定パラメーター

 

化合物

プレカーサ

イオン

m/z

MRM

EPI

プロダクト

イオン

m/z

 

DP

 

CE

 

DP

 

CE

アフラトキシンB1

313

241

66

51

50

45

アフラトキシンB2

315

259

56

43

50

45

アフラトキシンG1

329

200

56

53

50

45

アフラトキシンG2

331

189

66

51

50

50

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DP:デクラスタリングポテンシャル(Declustering Potential)

CE:コリジョン エネルギー(Collision Energy)

 

 

HPLC分析には初流通過液を豆類及び穀類は1mL,香辛料は0.5mLを小試験管に分取し,窒素気流下で溶媒を除去し,残留物にトリフルオロ酢酸0.1mLを加え密栓して激しく攪拌し室温暗所で15分放置した後,アセトニトリル-水(1:9)を豆類及び穀類には0.9mL,香辛料には0.4mLを加え試験溶液とした.LC/MS及びLC/MS/MS分析には初流通過液1mLを小試験管に分取し,窒素気流下で溶媒を除去した後,移動相250μLに溶解し試験溶液とした.

 

結果と考察

1.LC/MS/MS測定条件について

1)MRM分析条件

アフラトキシン類のイオン化はイオンソースをESIとし,ポジティブモードで行なった.各標準溶液を直接MSに導入するインフュージョンによるイオンソースの最適化を行ない最大感度が得られる条件を求めた.この結果,いずれのアフラトキシン類縁体も[M+H+ をプレカーサーイオンとした.B1とB2,G1とG2は構造が酷似していることから,感度が強く得られたプロダクトイオンのうち,各物質に特有なイオンをモニターイオンとした.次にフローインジェクションを用いて,イオンスプレー電圧,イオンソース温度,ガス流量等の最適条件を求めた.各標準物質のモニターイオンによるクロマトグラムを図2に示した.MRMによる分析で各物質の検量線を作成したところ,B1及びG1は0.005〜5ng,B2及びG2は0.015〜1.5ngの範囲で良好な直線性を示し,検量線の相関係数(r)はB1;0.9987,B2;0.9980,G1;0.9989,G2;0.9990であった.またB1及びG1は0.01,0.05,0.10,0.50,1.00,5.00 ng,B2及びG2は0.015,0.03,0.15,0.30,1.50ngの各注入量における測定を5回行いピーク面積の変動係数を求めたところ,定量下限値においての変動係数は10%以内3)であり満足できる分析精度が得られた.また,MRMによる検出限界は各物質とも0.001ng(S/N3)4)まで十分測定することが可能であった.


図2アフラトキシン類のLC/MS/MS(MRMモード)のクロマトグラム

    A:アフラトキシンB1  B:アフラトキシンB2

    C:アフラトキシンG1   D:アフラトキシンG2

     アフラトキシンB1,G1 1ng 

     アフラトキシンB2,G2 0.3ng 

 

 

2)EPI分析条件

4種のアフラトキシン標準溶液について,[M+H]のプレカーサーイオンと,それぞれ複数のプロダクトイオンが測定できる条件を求めた.アフラトキシン類はシングルモードのLC/MSではフラグメンター電圧を変化させても[M+H]の擬分子イオンの他には[M+Naや溶媒付加イオンしか生成せず,構造情報を反映するようなプロダクトイオンは得られなかった.しかし,LC/MS/MSではコリジョンエネルギー(CE)の値を増大させることにより,[M+H]のプレカーサーイオンのスペクトルは小さくなり,プレカーサーイオンに由来するプロダクトイオンが観察された. CEの違いによるスペクトルの変化についてアフラトキシンB1の例を図3に示した.CE=

A






B





C

図3.collision energy の違いによるアフラトキシン

B1のLC/MS/MS(EPI)スペクトルの変化

A:collision energy 30V B:collision energy 50V

C:collision energy 70V アフラトキシンB1,1ng 

 

A




B



C




D

 

図4.アフラトキシン類のLC/MS/MS(EPIモード)の

スペクトル

   A:アフラトキシンB1  B:アフラトキシンB2

   C:アフラトキシンG1   D:アフラトキシンG2

    アフラトキシンB1,G1 1ng 

    アフラトキシンB2,G2 0.3ng 


図5.HPLC,LC/MS,LC/MS/MS(MRM,EPI)によるクロマトグラム及びマススペクトル

     A:アフラトキシンB1,B2,G1,G2標準溶液(HPLC,B:ブラックペッパー抽出液(HPLC

C:アフラトキシンG2(LC/MS,D:ブラックペッパー抽出液(LC/MS

E:アフラトキシンB1, B2, G1, G2標準溶液(LC/MS/MS-MRM

F:ブラックペッパー抽出液(LC/MS/MS-MRM)G:アフラトキシンG2(LC/MS/MS-EPI

H:ブラックペッパー抽出液(LC/MS/MS-EPI)

 


30Vのときは[M+H+ のスペクトルが大きく現れ,他のスペクトルはあまり見られないが,CE=50Vのときはm/z313.1はほとんど見られなくなり,代わってm/z241.1のスペクトルが大きく現れた.さらにCE=70Vとすると[M+H+ は見られなくなり,低分子側のスペクトルが見られるようになった.そこで[M+H+と他のスペクトルがともに見られるCE条件を求めたところ,各物質に最適なCEは,B1,B2,G1では45V,G2は50Vであった.最適条件での注入量B1,G1各1ng,B2,G2各0.3ngにおける各物質のスペクトルを図4に示した.アフラトキシンG1及びG2はE環にδラクトンを有するためM+H+ からの脱水(G1:m/z329.3311.2,G2:m/z331.1313.1)が推測される反応が観察されたが,E環にδケトンを有するB1及びB2には見られなかった.EPIによる分析では各物質とも0.1ngまでの範囲で同様のスペクトルが得られた.このことから,EPI分析による化合物の構造情報が定性分析の指標として有効であると考えられた.

2.残留実態調査

蛍光検出器付HPLC,LC/MS,イオントラップLC/MS /MSのそれぞれの分析装置により得られたクロマトグラムを図5に示した.蛍光検出器付HPLC測定により残留実態調査を実施したところ,62検体中12検体でアフラトキシンG1あるいはG2が検出された (図5-A及びB).これらはいずれもホワイトペッパー,ブラックペッパー等の香辛料であり,成分由来の妨害であることが疑われたが,シングルモードのLC/MSによる確認では食品成分との識別は不可能であった(図5-C及びD.しかしLC/MS/MSのMRM,EPIによる分析を実施したところ,どちらのモードによる分析でもアフラトキシンの検出は認められなかった(図5-E〜H.よって,検査した輸入香辛料30検体,輸入ナッツ類14検体,輸入豆類14検体,輸入穀類4検体はすべてアフラトキシンB1,B2,G1,G2は不検出であった.

このことから,蛍光検出器付HPLC,LC/MSの分析結果をより確実なものにするためにLC/MS/MSによる確認は非常に有効であると考えられた.

 

ま と め

香辛料及び豆類,穀類中のアフラトキシン類縁体4種の分析について,イオントラップLC/MS/MSによる測定を検討した.イオントラップLC/MS/MSのMRMやEPIモードによる分析は,従来の蛍光検出器付HPLCやLC/ MSを用いた分析と比べて,より高感度であり構造情報も得ることができるため,分析精度を飛躍的に向上させることができることが明らかになった.

(平成17年7月22日受理)

 

文  献

1)宇田川俊一,田端節子,中里光男:食品安全性セミナー5 マイコトキシン,細貝祐太郎,松本昌雄監修,pp.73-86, 中央法規出版株式会社,東京(2002)

2)「カビ毒(アフラトキシン)を含有する食品の取り扱いについて:厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課長通知,食監発第0326001号(平成14年3月26日)

3)松田りえ子:内部精度管理,pp. 73-76,林純薬工業株式会社,大阪

4)第14改正日本薬局方解説書,pp. B-15−B-49,廣川書店,東京(2001)

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