令和2年8月4日掲載

ウイルス学エピソード

(6)ウイルスの命名は誰がする?規則はある?

ウイルスは一般に病原体と認識されているので、病名を前につけて黄熱ウイルス、狂犬病ウイルスのように呼ばれています。人間に感染するウイルスだけでなく広く動植物界のウイルスの名前は、この習慣が広く学会でも採用されてきました。

しかし、ウイルスの分離技術が進化するとともに、新たなウイルスが分離されても病原性があるのか何らかの病気を引き起こすのかわからないウイルスが分離されるようになってきました。そのようなウイルスは「孤児ウイルス(Orphan virus)」とも呼ばれるのですが、それらの分離ウイルスの名前には、ウイルスが由来する地名をつける風習が採用されています。

たとえば、2016年に中南米で大流行をきたし、妊婦が感染すると胎児に小頭症などの先天性障害をきたすことが分かったジカウイルスは、ウガンダのジカ(Zika)の森で初めて分離されたのですが、ヒトに急性熱性疾患をひきおこすことが確定したのは分離から約20年後のことです。わが国で分離されたウイルスで地名が付いているウイルスは、アカバネウイルス(群馬県赤羽村)、ヨコセウイルス(大分市横瀬)、アポイウイルス(北海道アポイ岳)などがあります。

一方、日本脳炎ウイルスの『日本』はウイルスが日本で分離されたからということではありません。日本脳炎ウイルスは分子疫学的にはインドネシアが発祥と考えられています。日本脳炎が病気として認められたのは1920年代になってからで、当時、欧米で流行していたエコノモ脳炎と区別するために命名されたのが始まりでした。その後、1930年代になって日本人(林道倫、笠原四郎ら)の手により日本脳炎ウイルスが相次いで患者から分離されました。日本脳炎という名前は、1920年代からの日本人の研究者のさまざまな研究成果に対する勲章とも言えます。ところが、1973年にインドで日本脳炎の大流行があった時に、インドの新聞などに「日本人が日本から持ち込んだのではないか?」と報道されて、現地の大使館が大迷惑だったというエピソードがあります。

また、1953年に仙台で発見されたウイルスで赤血球を凝集する性質からHemagglutinating Virus of Japan (HVJ)と命名されたウイルスは、その俗称「Sendai virus」と呼ばれることの方が多いです。なぜならすでに赤血球を凝集するウイルスは、インフルエンザウイルス、日本脳炎ウイルス、パルボウイルスなど数多く知られていた時代に、HVJという名前は浸透しにくかったということです。しかし、このHVJは後に細胞工学分野で多大な貢献をすることになります。

腸管から分離されるウイルスのようにあまりにも異種のウイルスがとれる場合には、番号制が採用されています。腸管ウイルスにならってヒトヘルペスウイルスも表1のように番号制を採用したのですが、ヒトヘルペスウイルス3~5型に関しては、従来からの名前が定着しており番号で呼ばれることは少なく、3型は水痘・帯状疱疹ウイルス、4型はエプスタイン・バール・ウイルス(EBウイルス)、5型はサイトメガロウイルスという従来の名前で呼ばれることが多いです(表)。また肝炎ウイルスのようにA,B,C・・・のようにアルファベット制を採用されているものもあります。

表 ヒトヘルペスウイルスの学名と一般名

学名 和訳 一般名
Human herpesvirus 1 (HHV-1) ヒトヘルペスウイルス1 単純ヘルペスウイルス1型
Human herpesvirus 2 (HHV-2) ヒトヘルペスウイルス2 単純ヘルペスウイルス2型
Human herpesvirus 3 (HHV-3) ヒトヘルペスウイルス3 水痘・帯状疱疹ウイルス
Human herpesvirus 4 (HHV-4) ヒトヘルペスウイルス4 エプスタイン・バール・ウイルス
Human herpesvirus 5 (HHV-5) ヒトヘルペスウイルス5 ヒトサイトメガロウイルス
Human herpesvirus 6 (HHV-6) ヒトヘルペスウイルス6 ヒトヘルペスウイルス6
Human herpesvirus 7 (HHV-7) ヒトヘルペスウイルス7 ヒトヘルペスウイルス7
Human herpesvirus 8 (HHV-8) ヒトヘルペスウイルス8 カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス


ウイルスを分類し、名称を決めるのはWHO(世界保健機関)ではなくInternational Committee on Taxonomy of Viruses (ICTV:国際ウイルス分類(命名)委員会)という組織です。


ICTV ホームページ(アクセス日:2020年7月29日)

ウイルスの宿主は、ヒトだけでなく哺乳類、魚類、鳥類、昆虫、植物と多岐にわたります。WHO(世界保健機関)は、人の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関ですのでヒトの病名は命名できてもヒト以外の生物に関しては範疇外ですし、ウイルスの名称を決定する権限はありません。たとえばCOVID-19は新型コロナウイルス感染症の病名ですのでWHOが命名しましたが、その病因ウイルスの名前であるSARS-CoV-2はICTVが命名したものです(https://www.nature.com/articles/s41564-020-0695-z)。ただし、正式にはICTV委員会総会で投票により承認される必要があります。この委員会には日本を含む42ヶ国から委員が選出されています。


ICTV National Members(アクセス日:2020年7月29日)を改変

神奈川県衛生研究所長
髙崎 智彦
(図:木村 睦未)

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