令和2年5月18日掲載

ウイルス学エピソード

(3)ウイルス感染症とワクチン開発―その1

ウイルス感染症との戦いの歴史において、ワクチンを抜きには語れないし、ワクチンが果たしてきた役割はまことに大きなものです。そのためか新しいウイルス感染症や日本に常在しないウイルス感染症が流行すると素人もマスコミも専門家もすぐにワクチン開発に関心を示すことが常です。

しかし、ワクチンを開発し実用化するまでには多くの困難が待ち受けています。研究室でワクチンの候補品を開発することはそれ程時間がかかるものではなく1年程度あれば出来上がります。しかし、国の認可を得るには非臨床試験という動物を用いた薬効や安全性の確認の後、多数の人の同意を得てヒトに対する安全性、有効性を確かめる臨床試験を実施することが義務付けられています。

図 ワクチンを開発してから実用化するまで

臨床試験は第Ⅰ相(少数の健康成人などについて、主に安全性や薬物動態などを調べる試験)、第Ⅱ相(比較的少数の患者さんについて、有効性と安全性などを調べる試験)、第Ⅲ相試験(多数の患者さんについて、標準的な「くすり」などと比較して有効性と安全性を確認する試験)の3段階を実施しなければなりません。ただし、ワクチンの臨床試験の対象は、感染予防の観点から健康な人が対象になります。そこで第Ⅱ相試験の対象は人数を増やして、小児も接種対象になる場合は小児も含むことになります。そして通常は抗体の誘導能を有効性の指標とします。問題は第Ⅲ相試験です。これはどうしても患者や感染者を対象にしなければいけません。流行している地域でワクチン接種したグループと非接種のグループを比較して、ワクチン接種グループの発病率が有意に低いことを確認する必要があります。第Ⅰ相、第Ⅱ相を終了した時点で、その流行が世界的に終息していた場合、第Ⅲ相試験がすぐには実施できないという事態になります。

多くの民主主義国家では、個人の権利が重視されることから健康人を対象としたワクチンの臨床試験は、抗がん剤や抗菌剤と比べると非常に難関です。そういう点では、民主主義国家でない国や被験者の対象として軍隊を使うような国の方が、臨床試験の期間の短縮が図れるといえます。ともかく「まもなく開発中のワクチンの臨床試験を始めます!」というのは、せいぜい100人程度の健康人を対象にした安全性や薬物動態を調べる第Ⅰ相試験が始まるのだと理解してください。

ワクチン開発―その2は、ワクチン政策における政治的決断についてのお話です。

神奈川県衛生研究所長
髙崎 智彦
(図:木村 睦未)

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