腸管系細菌

日常検査でしばしば遭遇する各細菌の分離同定検査の実際について、各段階の詳細な検査法等は他の専門書(参考資料を掲載)に委ね、ここでは写真を中心に紹介する。

(微生物部)

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1.腸内細菌科(Family Enterobacteriaceae

(1)腸内細菌

(2)腸内細菌の検査

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(3)腸内細菌の分離培地

腸内細菌の分離培地には、次の特徴がある。

以下に、基本的な分離培地について記載する。

① SS寒天培地(サルモネラ・シゲラ培地) (Leifson:1935の改良)

 

② DHL寒天培地 (坂崎ら:1960)

DHL寒天培地上の乳糖分解性の違い

③ マッコンキー培地 (MacConkey:1905)

④ ソルビット・マッコンキー培地

⑤ BTB乳糖加寒天培地 (ドリガルスキー改良培地:Conradi & Drigalski:1902 )

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(4)主な腸内細菌

① 大腸菌属(Genus Escherichia)

<腸管病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)の分類>

腸管病原性大腸菌 enteropathogenic E. coli (EPEC)
  • 幼小児に下痢を起こすことが多い。
  • 長い間、血清型により決定されていたが、病原因子(eae 遺伝子を保有)が特定されたことにより、O血清に凝集しない(OUT)大腸菌もEPECに含まれることになった。
  • 血清型 O26、O44、O55、O86、O111などが良く検出されるがOUTの菌も多数検出されている。
  • 今後の研究により新たな知見が得られる可能性がある。
腸管毒素原性大腸菌 enterotoxigenic E. coli (ETEC)
  • コレラ菌と類似した毒素を産生する。LT(易熱性)とST(耐熱性)がある。
  • コレラ様の激しい下痢を起こす。
  • 血清型 O6、O25、O148、O169などで、海外渡航者下痢症からの検出例が多い。
腸管組織侵入性大腸菌 enteroinvasive E. coli (EIEC)
  • 赤痢菌と類似した性状と症状で組織侵入性遺伝子がある。
  • 運動性がないことから、赤痢菌との鑑別が重要である。
  • 海外渡航者下痢症から検出されることが多い。
  • 血清型 O18ac、O112、O124、O136など。
腸管出血性大腸菌 enterohemorrhagic E. coli (EHEC) or(STEC)
  • Vero細胞に毒性を示す毒素(VT1、VT2)を産生する。
  • 志賀赤痢菌の毒素と類似することからstx1、stx2ともいう。
  • 溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症を発症することがある。
  • 血清型 O157、O26、O111、O153など多くの血清型がある。
腸管凝集性大腸菌 enteroaggregative E. coli (EAggEC)or (EAEC)
  • Nataroらによって発見(1985)された新しいカテゴリーの下痢原性大腸菌である。
  • 腸管上皮細胞に接着し増殖する。
  • 慢性的な下痢症状が特徴である。開発途上国だけでなく、国内での感染も多い。
  • 今後の研究により、新たな知見が得られる可能性がある。

ソルビット・マッコンキー培地上の大腸菌

ソルビット・マッコンキー培地上の腸管出血性大腸菌O157

マッコンキー培地上の大腸菌

赤色の集落は乳糖分解菌

DHL寒天培地上の大腸菌

多くの大腸菌は乳糖を分解する。(一部に乳糖非分解菌もある)

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② 赤痢菌属(Genus Shigella )

SS寒天培地上のS.flexneri 

湿潤、滑沢、正円、培地色、 半透明の集落で、乳糖非分解

DHL寒天培地上のS.flexneri 

湿潤、滑沢、正円、培地色、 半透明の集落で、乳糖非分解

SS寒天培地上のS. sonnei 

S. sonnei の集落は矮小(コビト)集落が多く見られる
乳糖遅分解で、24時間で薄いピンク色集落を形成するものが多い(乳糖遅分解)

DHL寒天培地上のS. sonnei 

湿潤、滑沢、辺縁不正円、培地色、 半透明の集落で、乳糖を遅れて分解する

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③ サルモネラ属(Genus Salmonella

サルモネラの学名は、発見者の一人であるSalmonに因んでSalmonella と命名された(1900)。
type strainであるSalmonella choleraesuis はSmith(1894)が記載した。

SS寒天培地上のサルモネラ

多くのサルモネラは硫化水素の産生により黒色に変化する。

SS寒天培地上のチフス菌

チフス菌の硫化水素産生量は少ないため、SS寒天培地上では黒色にはならない

ESサルモネラ培地Ⅱ(酵素基礎培地)上のサルモネラ

サルモネラの多くは硫化水素(H2S)を産生することから、SS、DHL寒天培地で黒色を呈するが、H2Sの産生が弱く黒色にならないものがある。特にチフス菌やパラチフスA菌を見落とす可能性があることから、H2Sを指標としない培地(酵素基礎培地など)を併用することが望ましい。

各種のサルモネラ分離用培地とサルモネラ

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④ プロテウス属(Genus Proteus

Proteus プロテウスはギリシア神話に登場する海神ポセイドンの従者の名前でいろいろな形に変身できる。本菌の集落が、培地表面を滑るように広がる性質(スウォーミング、遊走)があることから命名(1885)された。

DHL寒天培地上のプロテウス(P. mirabilis )とサルモネラ

HI寒天培地上のプロテウス(P. mirabilis

*スウォーミングは胆汁酸によって抑制される

スウォーミングと鞭毛 ~H抗原とO抗原のはなし~

  • プロテウスは腸管感染症の原因菌ではないが、腸内に生息し、その発育形態ゆえに、古くから細菌学者が注目した。
  • Weil & Felix (1917)は、鞭毛が有るときにはスウォーミングで激しく培地上に広がり、鞭毛を失った(あるいは、培地にフェノールを加えて鞭毛の形成を阻止した)菌株では単独集落を形成することを発見した。
  • スウォーミングは、ガラスに息を吹きかけたときの曇りガラスの状態に似ており、これをドイツ語でHauchbildungということから、プロテウスのスウォーミングをHauchbildungと表現、一方、鞭毛のない菌の発育はHauchbildungがないということでohne Hauchbildungと表現し、これを語源として、鞭毛のあるプロテウスの菌株をH型、鞭毛のない菌株をO型と呼んだ。
    その後、鞭毛の抗原をH抗原、菌体の抗原をO抗原と呼ぶようになった。

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⑤ クレブシエラ属(Genus Klebsiella

肺炎から分離された菌にKlebsiella pneumoniae (和名は肺炎桿菌)と命名(1887)された。
属名は細菌学者 Edwin Klebs(独)に因んだ学名、pneumonia は肺炎の意味である。

DHL寒天培地上のクレブシエラ

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⑥ セラチア属(Genus Serratia )

Serafino Serrati に因んで命名された(1823)。イタリアの物理学者で1787年に、Florenceで蒸気船を発明した。

普通寒天培地(室温培養)上のSerratia marsescens(色素産生)

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⑦ エルシニア属(Genus Yersinia )

  • 1894年にペスト菌を発見したYersin (仏)に因んで命名された。
  • Yersinia として編入されたのは1972年で、それ以前には、40年間あまりPasteurella として分類されていた。
  • 1890年初旬、日清戦争前の香港で原因不明の感染症の大流行があり、当時の内務省衛生局は、北里柴三郎を香港に派遣し原因解明にあたらせた
  • Yersin もフランスから派遣されて香港で研究をしていた。
    (「ミクロの世界の開拓者たち」くろきいわお著)
  • Yersinと北里柴三郎がほとんど同時期に論文を提出したのは有名な話であるが、検討の結果、Yersinの名前が学名に残っている
  • 北里の報告に「グラム陽性桿菌、運動性が弱くある」ことが論点になり、グラム陰性、非運動性のペスト菌と異なったことによる。

CIN(Cefsulodin-Irgasan-Novobiocin)寒天培地上のYersinia enterocolitica

マンニット分解により赤色22℃、48時間培養

培養時間による発育状況の比較

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⑧ エンテロバクター属(Genus Enterobacter

E. sakazakii は、2008年にエンテロバクター(Enterobacter)属からクロノバクター(Cronobacter)属に再分類され、C. sakazakii となったが、現在でもE. sakazakii と呼ぶことが多い。

Enterobacter cloacae

HI寒天培地

DHL寒天培地

Enterobacter aerogenes

HI寒天培地

DHL寒天培地

Cronobacter sakazakii

HI寒天培地

DHL寒天培地

  • 菌種名のsakazakiiは、日本の細菌学者 坂崎利一に由来する。
  • 坂崎は、弟子たちが sakazakii と口々に言うのを聞きながら、「オレの名前が呼び捨てにされる」と苦笑いしていたとか…

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2.ビブリオ科(Family Vibrionaseae

(1)ビブリオ属(Genus Vibrio) 

  • 腸炎ビブリオ(V.parahaemolyticus)は、日本で初めて菌の分離に成功し、命名された菌である。
  • 1951年、藤野によってPasteurella 属として初めて報告され、Pseudomonas 属の後、V. parahaemolyticus と命名(坂崎、福見ら)された。
  • 昭和30年(1955年)8月、国立横浜病院(当時)で入院患者539名および病院職員275名中120名が食中毒症状を起こした。検査室で黄色ブドウ球菌の検査を行っていた中橋は、この緊急事態にブドウ球菌に使用する4%食塩寒天培地に患者便、血液等を培養したといわれている。これが、腸炎ビブリオ培養の先駆けとなった。
  • 腸炎ビブリオは食塩が少ない培地では発育することができない。3%の食塩が至適濃度である。

(「腸炎ビブリオ物語」に詳細)

(2)Vibrio 属菌の検査

TCBS培地上のコレラ菌と腸炎ビブリオ

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3.エロモナス科(Family Aeromonadaceae

エロモナス属(Genus Aeromonus)

Ernst (1890) がカエルの‶red leg″の原因菌として記載し、Sanarelli (1891) がBacillus hydrophilus と命名して以来、長い間、淡水性菌として研究されていた。

分離平板上のAeromonas hydrophila

HI寒天培地上のAeromonas 属菌

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4.スタフィロコッカス科(Family Staphylococcaceae ) 

ブドウ球菌属(Genus Staphylococcus )

普通寒天培地上の黄色ブドウ球菌

卵黄加マンニット食塩培地上の黄色ブドウ球菌

マンニット食塩培地:マンニットと7.5%の食塩を含み、卵黄液を加えて使用することが多い。

卵黄反応

卵黄を分解する酵素による反応を総称してレシトビテリン(LV)反応と呼び、ブドウ球菌のリパーゼによる分解は卵黄反応と言う。  
一方、レシチーゼCを産生するBacillus cereus Clostridium perfringens は、レシチナーゼ反応と言い、特にC. perfringens は、この反応を発見したNagleにちなんでNagler反応と言うことがある。  
これらはすべて集落下の培地に白濁環がみられる。

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5.カンピロバクター科(Family Campylobacteraceae)

カンピロバクター属(Genus Campylobacter )

  • 1913年にMacFadyeanとStockmanによって、流産したウシから初めて分離された菌にその形状と運動性からVibrio fetus と命名されたが、性状が異なることから新しい属とされた(C. fetus)。
  • 下痢症の原因菌として問題となったのは、Butzler(ベルギー)らの研究(1972)によるもので、その後、Skirrow(イギリス)により確認された。
  • 微好気性培養と培地の考案により、分離培養が一般の検査・研究室で可能になったことにより、現在では、食中毒の重要な原因菌である。

Campylobacter jejuni / coli の検査

CCDA培地およびプレストン培地上のカンピロバクター

初期の分離用培地にはスキロー(Skirrow)培地、プレストン(Preston)培地、バツラー(Butzler)培地があり(いずれも研究者の名前)、5-10%のウマあるいはヒツジの脱線維素血液と数種類の抗生物質が含まれる。CCDA培地は、血液のかわりに活性炭末を含む。

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6.バシラス科(Family Bacillaceae

バシラス属(Genus Bacillus)

NGKG上のセレウス菌

NGKG培地: セレウス菌の分離用培地、卵黄液を加えて使用。集落周囲にレシチナーゼ反応(ブドウ球菌属の項を参照)が認められる。
(NGKG:NaCl グリシル・キム・ゴッファート培地)

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7.クロストリジウム科(Family Clostridiaceae

クロストリジウム属(Genus Clostridium )

1882年に病理学者William.H.Welch により、ガス壊疽患者から初めて分離され、1900年にWelchにちなんでBacterium Welchii と命名されたが、1898年にBacillus perfringens が報告されており、優先権があることから、1937年Clostridium 属に移されて以降、現在の学名に変更された。和名では今でもウエルシュ菌と呼ばれる。

CW寒天培地上のウェルシュ菌

CW寒天(Clostridium welchii Agar):乳糖分解による集落周辺培地の酸性化と培地に含まれる卵黄の分解であるレシチナーゼ反応(ブドウ球菌属の項を参照)が認められる。

チオグリコレート培地中のウェルシュ菌

8.参考資料

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